整備士は、自転車の魅力を伝える「パフォーマー」である
~乗り手の命を守る意識改革を~

殿村 秀典(とのむら ひでのり)
自転車技士。10代の頃から様々なタイプのスポーツ用自転車に乗り、その後、販売や整備を手掛けるカリスマ整備士。
乗り手として、また整備士として50年以上活躍するスポーツ自転車界の重鎮。
現在は、自転車関連ショップにおいてチーフメカニックとして活動するほか、JCRC顧問。

1.自転車整備歴50年と大ベテランの殿村さんですが、自転車整備を始めたきっかけを教えてください。

 小さいころからメカが好きで、おもちゃも一度分解して組みなおさなくては気が済まないタイプ。自転車もその延長でしょうね。
 18歳くらいからスポーツ用自転車に興味を持って、ツーリング用のランドナーから、クロスカントリー用のMTB、トラックレース、ロードレース等競技用の自転車、様々なものに乗って、整備も行ってきました。
 出先で自転車が故障すれば自分で修理するしかありませんから、まず自分が楽しむために自然に自転車の構造や整備方法を覚えたということです。

 学生の頃、父が自転車店を開業しまして、卒業後はその店で働くつもりでしたが、その前に、父の勧めで、接客業を勉強するためにホテルに就職することにしました。しかしホテルに入社して1年くらい経ったころ父が脳溢血で倒れ、急遽店を継ぐことになりました。
 父の店は、実用車を中心に取り扱っていましたが「これからはスポーツ用自転車の時代になる」と考えて、販売や整備に本格的に取り組むようになりました。

2.昔と今では、スポーツ用自転車の環境もずいぶん変わったのでは?

 昔は国内レースの数も少なく、乗り手の人口も本当に少なかったです。
また、スポーツ自転車は、変速機など部品点数も多くなりますが、私が乗り始めたころは物が無い時代でもありますから、工具も部品もなかなか手に入らない。
 自分で自転車に乗りながら、今まであるものを応用して問題に対処することで、次第に技術を身に着けていきました。
 今は、新しい部品、専用工具が次々に出てそれがすぐに手に入ります。
 便利になりましたが、私にとって、今までの経験の中で身に着けた「応用力」が現在に至るまで大切な財産になっています。

3.サイクリストのすそ野が広がったことは良いことですが、新たな課題もあるのではないでしょうか?

 今は、様々な自転車が簡単に買えるようになって、インターネットなどで情報もすぐに手に入るようになりました。もちろんそれ自体はよいことですが、多くの情報の中から、自分に合った正しい情報を初心者の方が選び出すのは難しく、
 自転車に関する最低限の知識、本当に必要な技術を身に着けないままスポーツ用自転車に乗っている例も多くみられるようになったことは、心配なことでも あります。

 正しく乗るからこそ、整備の知識もつくものです。
 たとえば、昔はブレーキは「スピードコントローラ」と呼ばれていて、ブレーキをかけると「じわっ」と効いていくものでした。今は性能が上がって、強く握ればタイヤを完全にロックすることができます。しかし、スピードを出した状態で前輪がロックすれば、当然前に転倒しますよね。
 乗り手として、どのくらい握ればよいかを自分の手に覚えさせなくては危険です。そして、その感覚があるからこそ、ブレーキをどのように調整するべきかがわかってきます。
 今は、初心者の皆さんにスポーツ用自転車の乗り方を教えるエキスパートが足りない状況です。初心者の方と、たとえばSBAA PLUS認定者のような自転車のエキスパートが一緒に走る機会を、業界全体で広めていかなくてはならないと思います。
 そして、整備で大切なことは、判らないこと・不安なことは、ご自身で判断せず、近所の信頼のおけるショップ(整備士)に見てもらうことです。

4.運転と整備は密接につながっているのですね。
では、整備の面で、初心者の方がまず覚えるべきことはなんでしょうか?

 まずはパンク修理、インナーチューブの交換でしょうね。一人でツーリングに出かけて、パンクしたら自分で直す以外どうしようもないですから。
 その次はブレーキワイヤー、変速機のワイヤーの調整です。これを習得すれば、出先でブレーキが甘いと感じたときに、特別な道具がなくてもその場で調整できるようになります。

 今、私の店では、とくに整備に不安をお持ちの方が多い女性サイクリストに向け、パンク修理の講習を行っています。パンクはそれほど頻繁に起こるものではなく、一度覚えてもおさらいしないと忘れてしまいますから、定期的に講習を開催することが重要だと考えています。ワイヤーの調整やバーテープの巻き方等、ステップアップした講習も今企画しているところです。

5.故障した時だけではなく、普段からユーザー自らが自転車の状態をチェックすることも大切ですね。

 そうですね。点検の基本は自転車をとにかく「よく見る」ことが大切です。
細かいところまで目をやると、整備不良の個所が見えてきます。ブレーキのインナーワイヤーのほつれ、ブレーキアウターの破損、タイヤの摩耗等は、初心者でも自分で調べることができます。
 ただ、プロでなくてはわからないこともあります。カーボンフレームのへこみなど、一見しただけではわかりにくく、チェック不足により危険な事故につながりかねないものもあります。ですから、自動車の「車検」のように定期的にショップに点検、メンテナンスしてもらうことも重要です。走行距離等にもよるので一概には言えませんが、1年に一度は整備資格者のいるお店で見てもらうことをお勧めします。

6.殿村さんは長い間プロの整備士として自転車に携わってこられましたが、プロの整備士にメンテナンスをしてもらう一番のメリットは何でしょうか?また、スポーツ用自転車のトータルアドバイザーであるSBAA PLUSについても教えてください。

 整備をしっかりやってくれることに尽きます。実は私は、SBAA PLUSが創設されたときの、第一号の登録者の中の一人なんです。
 自転車協会では「スポーツ用自転車安全点検・整備記録簿」というものを作成していて、このリストに沿って総点検できるようになっています。こういった点検整備をきちんとやると、見違えるほど動きがよくなることを知ってもらいたいです。

 ただ、SBAA PLUS資格者に最低限の技術があるのは当然ですが、そこからは一人ひとりの能力に左右されます。整備の知識を覚えているということだけではなく、経験によって得られる応用力を持っているか否かも重要です。
 そして、整備士にはコミュニケーション能力も必要。私は十代のころ、接客業の勉強をするためにホテルに就職したという話をしましたが、お客様の要望や質問に丁寧に答え、自転車について教えてあげることができる整備士とつながりを作ることが大切です。

7.初心者の方が信頼できる整備士を見つけるにはどうすればよいでしょうか?

 スポーツ用自転車は製造する会社だけではなく、販売店が非常に重要な存在となります。自転車を購入した方は、そのショップを信頼して買ったのだと思いますから、まずその店に普段からなるべく頻繁に顔を出して、整備士にわからないことを質問することです。それにしっかり対応してくれるかどうかをチェックしてみてください。

ショップ側の意識改革も必要です。販売店は、ただ自転車を売るだけではだめですし、黙って整備するだけでもいけない。自転車の正しい知識、またスポーツ用自転車のすばらしさを伝えるために、お客様に語りかけ、自分が整備する姿をパフォーマンスする方法を様々に考えるべきだと思います。整備士は職人であると同時に「アイデアマン」でなくてはならないのです。

 良い販売店の見分けがつかない場合、“スポーツ用自転車のトータルアドバイザー”であるSBAA PLUS認定店に訪れるのもひとつの方法ですね。

8.今後も、現役のメカニックとして、また業界を牽引するおひとりとして、ますますのご活躍を期待いたします。
最後の質問ですが、殿村さんにとって「自転車」とは?

 難しい質問ですね。子どものころから、いつも私のそばには自転車があり、人生のほとんどを一緒に過ごしてきましたので、改めてそのように考えることもありませんでした。
 自転車とはこれからもずっと、一生涯付き合っていくのだと思います。しいていえば、自転車は私の体の一部のようなものでしょうね。

【殿村さんよりコメント】
スポーツ用自転車の初心者の方や「これから始めてみたい」という方に言いたいことは、自転車は移動手段であるだけではなく、人生を楽しく、豊かにしてくれるものだということ。50年以上自転車と関わり、自転車がまさに「人生そのもの」である私が言うのですから間違いありません。ただ、スポーツ用自転車を長く楽しむためには条件があります。それは自転車を大切に、正しく乗ることです。そして、自転車を良好な状態に保つためには、しっかり車体を整備してくれるショップと整備士が必要です。皆様が長く付き合えるような整備士になれるよう、自分自身を向上させ、また後進の指導にも励んでいきたいと思います。一緒に自転車ライフを楽しんでいきましょう!

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