2023.6.15
長野県と群馬県の県境に位置する毛無峠。文字通り木々が生えておらず、地肌が露出した荒涼とした景色が広がります。かつて国内最大規模を誇る硫黄鉱山の町があったそうで、いまも残る廃墟痕が、まるで別世界に迷い込んだような不思議な景色を作り出しています。この毛無峠の前に立ちはだかるのが、25kmで約1800mを上るというハイレベルなヒルクライムコース。上り詰めた強者だけが目にすることができる、“秘境”へのルートをご紹介します。
オススメポイント | 小布施駅を発着点にピークの毛無峠を往復するヒルクライムコース。通算25kmの長い坂に平均7%前後、最大15%の激坂が容赦なく頻発するという、距離も斜度もハイレベルな国内屈指の超級山岳。アクセスしづらい場所にあるせいか、手つかずの“秘境感”が漂う峠です。国内最大規模を誇る硫黄鉱山の廃坑跡地と、長野盆地から湧き出る雲海が作り出す不思議な絶景が特徴です。 |
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レベル | ★★★(上級者向け) |
距離 | 60.3km |
獲得標高 | 1,861m |
発着地 | 小布施駅(長野電鉄長野線) |
立ち寄りスポット | 小布施堂、milgreen、道の駅オアシスおぶせ |
毛無峠は、長野県の高山村から群馬県の万座温泉へ続く「上信スカイライン」の途中にあります。輪行の場合、長野電鉄の須坂駅から万座道路経由でアプローチするのも良いですが、隣町は栗の産地として有名な小布施。せっかくなら補給食に栗菓子をゲットしようと、今回は小布施駅をスタート地点としました。遠方からクルマでアクセスする場合も、上信越道の小布施パーキングエリアすぐそばに「小布施ハイウェイオアシス」(駐車場)が併設されているので便利です。
歴史的な景観を守りながら街の整備を行っている小布施。駅を出発すると、ほどなくして老舗の栗菓子店や土蔵造りの民家などが立ち並ぶエリアが広がります。その中にたたずむ栗菓子店「小布施堂」の本店が一つ目の立ち寄りスポットです。
創業明治期の老舗菓子店で、伝統的な栗鹿ノ子や栗羊羹、焼き菓子、モンブランなどの生菓子まで和洋問わず豊富に取り揃えています。どら焼きやケーキ、一口サイズの羊羹などサイクルジャージのバックポケットにすっぽり納まるサイズも嬉しいポイント。これから始まる長くキツいヒルクライムも美味しい補給食があれば少しは楽しくなるはず…でしょう。
また、長い上りの間には給水ポイントがありません。その日の暑さによっては脚がなくなる前にボトルの水がなくなる、なんてことも。ヒルクライムの場合は発汗量も増えるので、可能ならば念のためダブルボトルの態勢で臨むことをおすすめします。
小布施駅から高山村へ続く道は住宅街の間をまっすぐ貫く坂道が続きます。ここで早くも平均8%前後。「これがウォーミングアップ?」…このあと現れる坂に不安がよぎります。しばらく進むと、「ようこそ信州高山温泉郷へ」というゲートが前方に現れます。ここがヒルクライムのスタートゲート。二つに分かれた道を右折し、万座方面へと上りを開始します。上り開始直後からすぐに「直登」と呼ばれる直線的な上りがスタート。3.6kmに渡って平均9%の斜度が続きます。
その後、さらに激坂ゾーン(最大16%!)となる九十九折れ区間を越えて一足つける「湯峰公園展望台」に到着。ここで出発時に購入した栗のお菓子を食べたり、しっかり休憩することをプランに入れてペース配分すると良いでしょう。
スタートからここまで16kmほど。頑張ったわりに「まだ16km?」と思うかもしれません。たしかに、ここは体で感じる距離感と疲労感が一致しません。が、大丈夫。歩みは遅いですが、展望台からの景色を見るとちゃんと進んでいることを実感します。
ここからは後半戦です。ピークまでは残り8.5km。「ここまで来た距離の半分も残ってるのか…」と思いきや、ここからは平均斜度7%と全体的に斜度が緩みます。時折15%ほどの強い斜度がまだ顔を出しますが、ここまでくれば最大の難所は乗り越えたも同然です。
突然怪しくなる雲行き。ピークに近づくにつれ、霧が深く立ち込めていきます。そもそも毛無峠は雲の通り道にあり、晴れの日でも霧が発生しやすい場所といわれています。曇りやすいなら、晴れやすいはず。天候の変化に一喜一憂せず、絶景を期待してペダルを踏み続けます。
山神神社から約3kmほど、ついにピークに到着です。といっても付近に「毛無峠」という標識は見当たりません。実は毛無峠は最高標高地点から少し離れた場所に…。達成感はもうしばらく“おあずけ”です。
300mほど奥に進んだところにある道路案内の表示に従い、「毛無峠」と書かれている方へと入っていきます。毛無峠の在処はここから約5km下った先。天候によっては体が冷えるので、ウィンドブレーカーなど防寒着を羽織ると良いでしょう。
霧が出て見通しが悪くなっている上に、道幅もクルマ一台が通れるほどの狭さになります。ドライブで訪れているクルマも通るので、前方には十分注意し、下りでもスピードを控えましょう。
さらに奥へと進むにつれて路面の状況が悪くなっていきます。毛無峠の象徴的な赤土に覆われた山肌も徐々に見えてきました。
そして、ついに県境の毛無峠に到着です! といいつつ、群馬県の看板はあれど、やはりここにも峠名を記した標識は見当たりません。
と思ったら、県境の看板の下にありました(笑)。標識がなく、味気なかったため、誰かが手書きで書き残してくれたのでしょうか。標高1823m、しかと到達しました。
やがて視界を遮っていた雲が流れ、次第に周囲の景色が姿を現し始めました。
霧の中から出てきたのは、山肌に立ち並ぶ鉄塔。一見スキー場のリフトのようにも見えますが、実はこれ、ここが硫黄鉱山として稼働していた当時、採掘した硫黄を長野県側に運搬するために使用していた索道がそのまま残ったものだそうです。
「この先危険につき関係者以外立ち入り禁止」と書かれている群馬県の看板の先に、今からおよそ50年前に廃坑になるまで存在していたという「小串硫黄鉱山」。そこで働く鉱夫とその家族等が住む町もあったそうで、最盛期には2100人もの人が暮らしていたほどの大鉱山だったそうです。
毛無峠の周辺には索道以外にも鉱山関係の施設跡や宿舎跡、商店の跡等多くの廃坑跡が眠るほか、事故や災害等の犠牲者を弔う地蔵堂なども残ります。いまは天空のゴーストタウンとなったこの地で、どのような生活が営まれていたのか、思いを馳せずにはいられません。
「行き止り」の先には麓の嬬恋村に下る道はなく、舗装もされていないのでクルマで進入することはできませんが、徒歩の範囲であればそれらの遺構を見に行くことも可能です。
御飯岳(おめしだけ)など、周囲の山をトレッキングしている人もいました。時間と天候が許せば、自転車を下りて様々な角度から景色を堪能してみるのも良いかもしれません。そのためにもシューズはクリートが露出していないSPDタイプがおすすめです。
ちなみに、毛無峠周辺は未舗装ですが、ロードバイクでも問題なくアプローチできるレベルです。駐車場と県境の看板があるのみで、トイレ等の設備は一切ありません。
景色を堪能した後は元来た道を戻ります。とはいえダウンヒルではなく、まずはピークから下って来た5kmの上り返しです。
往路は霧に包まれていた視界も復路は晴れて良好に。舗装が行き届いている日本では見慣れない荒涼とした稜線と絶景の組み合わせに、まるで欧州の峠を走っているような気になります。
最高標高地点に戻ったところで、いよいよダウンヒル開始。当たり前ですが、上って来た坂はキツイ下り坂に。斜度が強い上に距離も長いので、下りが苦手な方はブレーキを握る握力や集中力が途切れないよう無理をせず、途中で休みながら下りましょう。
ダウンヒル後のご褒美としておすすめしたいのが、地元の小布施牧場が営む「milgreen」(ミルグリーン)のジェラートです。母牛の総数が10頭以内と、牧場としては世界最小の小布施牧場。乳牛の中で最もコクのある牛乳を生み出すジャージー牛に限定し、少数の牛を丁寧に育てているそうです。
一番人気は、しぼりたてのジャージー牛乳そのものの味わいを楽しめる「自社産ジャージーミルク」。その他にも地元小布施でとれた栗を使った「栗ミルク」や、国産そばの実を使った「そば茶ミルク」などユニークなフレーバーが楽しめます。
「しっかりごはんが食べたい」という場合は、「道の駅オアシスおぶせ」がおすすめです。定番の定食系に加え、ここでしか味わえない「栗おこわそばセット」などの名物メニューもラインナップ。上信越道のパーキングエリアに隣接し、小布施駅からも近いので、ほぼフィニッシュした気分でくつろげます。栗を使ったオリジナル焼酎など同店限定のお土産も豊富です。
国内屈指の難ヒルクライムコースを、絶景と地元スイーツとともに味わう毛無峠。一味違うヒルクライムに挑戦してみたいという坂好きサイクリストにおすすめです。
アウトドアメーカーの広報担当を経て、2015年に産経デジタルに入社。5年間にわたって自転車専門webメディア『Cyclist』編集部の記者として活動。主に自転車旅やスポーツ・アクティビティとして自転車の魅力を発信する取材・企画提案に従事。私生活でもロードバイクを趣味とし、社会における自転車活用の推進拡大をライフワークとしている。
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