2019.7.5
自転車ロードレースは空気抵抗との戦いであり、勝利を狙うエースを守るアシストを起用して、戦略的にレースを行う競技です。では、具体的にどのようにレースが展開されるのか。展開を理解する上で、最も重要な概念が「逃げ」です。むしろ「逃げ」を理解すれば、自転車ロードレースの展開について9割方理解したといっても過言ではありません。今回はその「逃げ」の意味と効果についてお伝えします。
メイン集団(主要な選手の多くを含む大きな集団)から飛び出して、先行することを「逃げ」といいます。ほとんどのレースで、少人数の「逃げ」による逃げ集団と、大人数のメイン集団という構図でレースが展開されます。
一例をあげると、2018年ツール・ド・フランス第1ステージでは、スタート直後に3人の逃げ集団が形成され、残り9km地点でメイン集団に吸収されて、最後は集団スプリントとなりフィニッシュ。この日のレーススピードは時速45.8kmでした。つまり、3人の逃げ集団は互いに先頭交代しながら時速40kmを超えるスピードで巡航していたことになります。プロといえども大変な労力です。
一方でメイン集団も同様に時速40kmを超えるスピードで巡航することになりますが、3人の逃げ集団に対してメイン集団は100人以上の大集団です。実際には、そのレースで勝利を狙っているチームがアシストを出し合い、複数人で集団先頭でローテーションしながら速度を維持します。そのため、メイン集団にいる大半の選手は体力を温存したままレース終盤を迎えることができます。
ではなぜ大変な労力を伴ってまで、「逃げ」が生まれるのでしょうか。それは主に4つの理由があります。
逃げに乗り、メイン集団に追いつかれることなくフィニッシュすることを「逃げ切り」と呼びます。逃げ集団は誰よりもゴールに近い位置を走っています。メイン集団が逃げ集団に追いつくことができなければ、逃げていた選手の誰かが勝利することになります。
また、逃げに乗って勝利を狙うことは基本的に弱者の戦略となります。集団スプリントで勝てる選手や、上りにめっぽう強くて山岳ステージで勝てるような選手は、わざわざ逃げに乗る必要はありません。普通にやっては勝ち目のない選手たちが、逃げに乗って勝利を狙うのです。
ちなみに2018年のツール・ド・フランスで逃げ切りが決まったのは、全21ステージ中3ステージのみ。そう滅多に決まるものではありませんが、かといって絶望的に頻度が少ないわけでもありません。少なくとも逃げに乗らない限り、逃げ切り勝利を狙えることはありません。選手たちは宝くじを買うような気持ちで逃げるのです。
世界最高峰のロードレースとして有名なツール・ド・フランスには、山岳ポイント、中間スプリントポイントが設定されています。そこを通過した順位に応じて賞金やポイントが付与されます。これらのポイントを一番多く持っている選手は、レース後に表彰され、特別にデザインされたジャージを着用することができるのです。とても目立つので、チームをアピールするのに絶大な効果を持ちます。
2018年ツール・ド・フランス第16ステージで勝利したジュリアン・アラフィリップ(フランス、クイックステップフロアーズ)は、山岳賞とステージ優勝を狙って逃げに乗りました。この日だけで山岳ポイントを30点加算し、最終的に赤水玉模様の特別な山岳賞ジャージを獲得。これらの活躍を通じて、アラフィリップは地元フランスで屈指の人気選手となりました。
レース中継では、頻繁に逃げ集団の選手が映し出されます。ジャージにプリントされたスポンサーのロゴが何度も映し出され、実況・解説陣が逃げている選手のチーム名を連呼することで、スポンサー企業の宣伝につながります。もちろん、選手個人の名をあげる絶好の機会にもなります。
今年のジロ・デ・イタリア(ツール・ド・フランスに匹敵する大規模なレース)では、第3ステージで初山翔選手(NIPPO・ヴィーニファンティーニ・ファイザネ)が、たった一人で逃げる展開となりました。その日は強風が吹いており、逃げ切りの可能性も著しく低く、道中に山岳ポイントやスプリントポイントを獲得できる場所もほとんどない、という逃げる旨味の少ないコースにもかかわらず、初山選手は果敢に一人で逃げました。その勇敢な姿が地元イタリア人のハートを射抜いたようで、初山選手は連日メディアからの取材を受けるほどの人気選手となりました。
ここまでは、逃げる側の理由を説明しましたが、逆にメイン集団にとっても、逃げ集団を“作らせる”理由があります。
前述したように2018年ツール・ド・フランス第1ステージでは時速45.8km、初山選手が逃げた今年のジロ・デ・イタリア第3ステージは時速40.8kmでレースが進行しました。これらはメイン集団にとって、大変ではないスピードです。つまり、逃げに乗っても問題ない選手による逃げ集団を作らせることによって、メイン集団は楽ができるとも言い換えられます。逃げができていない状態では、集団内では逃げを打とうとする動きが常に発生して、ペースが安定しません。つまり逃げを作らせることで、レース全体の流れを安定させているのです。
逆に逃げに乗ったら問題のある選手、つまり逃げ切りの可能性が高い強力な選手や、総合成績で上位を脅かすような選手が逃げに乗ろうとした場合、その逃げを容認したくないチームは逃げ集団を捕まえる必要があります。強い選手たちが逃げる集団を捕まえるのは、なかなか大変なことで追う方は疲弊します。というように、あえて追走を仕掛けさせることでライバルたちを消耗させる作戦・駆け引きが生まれます。
他にも逃げを活用した戦略は多岐に渡ります。一度にすべてを理解することは難しいと思いますので、あとは実際にレースを観戦するなかで、様々なパターンの戦略的な逃げを見ていただければと思います。特にツール・ド・フランスの山岳ステージのような、上りが多いコースでは、多くの戦略的な逃げを見ることができるでしょう。
まとめると、すべての逃げには目的があるということです。その目的は、ざっと上記4パターンに分けられますので、実際にレースを見ながら逃げの目的を推察し、展開を予想することも自転車レースの楽しみ方の一つです。
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