2023.10.13
長かった猛暑の夏も終わり、自転車に乗るのに最適な秋が到来。サイクリングはもちろん、自転車通勤・通学を始めるのにもうってつけの季節です。ヘルメット着用が努力義務化されたり取り締まりが強化されたりと、安全走行がいま改めて注目を集める自転車ですが、過剰に神経質にならずルールを正しく理解し、安全で快適な自転車ライフを楽しみましょう。
原則車道走行、左側通行等基本的なルールを守ることは基本ですが、安全に走るためには加えて周囲への観察力や臨機応変な判断力が必要となります。ここでは初めてスポーツバイクを購入して5~10kmほどの距離を走ろうとしている方を対象に、通勤経路の選び方や危険回避のポイント、そして自転車通勤を楽しむちょっとしたコツを解説します。
自転車通勤を始めるにあたって、まずすべきことは自宅から目的地までのおおよその距離と所要時間をイメージすることです。スポーツ用自転車の場合、それほど頑張らずに漕いでも平均時速15~20kmほどのスピードを出すことができますが、市街地を走る場合は信号待ちや減速が必要であることを踏まえると時速10km程度までスピードが落ちることが想定されます。朝の限られた時間をどこまで移動時間に割けるのか、あるいは確保しなければならないのかを天秤にかけて走行距離を考えましょう。
いわゆる“ママチャリ”などの軽快車に乗っている場合、「自転車の移動圏」というのは自宅を中心として概ね半径3km程度かと思います。スポーツ用自転車の場合は通勤・通学には無理のない範囲で、少し頑張って最長5km程度を一つの目安として始めることをおすすめします。大事なのは最初から「心身が疲れてしまわない」こと。交通量の多さや経路の複雑さ等のストレスも集中力に影響するので、エリアによっては5kmでさえ長く感じることもあるかもしれません。
通勤距離を電車利用等と組み合わせて調整できるようであれば、最寄りの次の駅まで走ってみて、慣れてきたらその次の駅まで…という具合に少しずつ距離を伸ばしていくのもひとつの方法です。自転車購入後すぐに通勤を始めるのではなく、ある程度の練習期間を経て余裕を持って走れるようになったところで通勤に臨むのも良いでしょう。
実走可能な距離感をイメージしたところで、今度は具体的なルートを検索します。このとき重要なのは“クルマ目線”であること。自転車は「軽車両」ですから、走行ルールはクルマと同様「車道走行」「左側通行」が原則。つまり、ルートはクルマ目線で考えなければなりません。
ただし例外として、以下の場合は歩道の走行(※時速6~8km/h程度の徐行)が許されています。
(1)歩道に「自転車通行可」の道路標識や道路標示がある場合
(2)歩道に「普通自転車通行指定部分」の道路標示がある場合
(3)運転者が13歳未満又は70歳以上、または身体の障害を有する者である場合
(4)歩道を通行することが「やむを得ない」と認められる場合
(3)は、車道での事故のリスクが高い「交通弱者」に対するやむを得ない措置なので、自転車通勤をする世代の大半は当てはまらないでしょう。(4)の「歩道を通行することがやむを得ない」というケースも危険から緊急回避する場合を想定したもので、道路工事等で安全に通行できない場合等イレギュラーな事態が該当します。
歩行者感覚が抜けない自転車走行でありがちなのが「一方通行」の標識の見落とし。出会いがしらの対向車に驚いて歩道に避難する人もいますが、そのまま車道を走り抜ける人も少なくありません。これは事故のリスクが高い「逆走」という行為で、刑事罰の対象となる交通切符、いわゆる「赤切符」の対象になることも。道路の標識を確認し、通勤経路にはそのような事態を回避する道を選びましょう。もし初めて走る道路でそのような道に出くわした場合は、その道を回避するか、あるいは回避できない場合は自転車から下り、「歩行者」として押し歩きをしましょう。
なお、補助標識で「自転車(または軽車両)は除く」とある場合は通行可能です。ただし一方通行ではクルマ側が逆走してくる自転車交通を想定していなかったり、逆走側に本来必要な一時停止やカーブミラーが設置されていなかったりするので、通行する際は通常より注意して走るようにしましょう。
ルート検索には移動手段別に検索できる地図アプリが便利ですが、その場合ネックになるのが最短距離しか加味されないという点です。クルマの場合ではそれで良いかもしれませんが、自転車の場合はもう一つ「走りやすさ」という情報を加味したいところです。
通勤時間帯の主要道路は交通量が多く、それぞれがスピードを出します。とくに都市部の場合はたくさんのバスの往来・発着があったり、タクシーが前方に急停止したり、至るところにリスクが存在します。そのような道路の状況を知り、他に走りやすい道がないか等を確認するためにはアプリの情報だけでなく、実際の試走が必要となります。
主要道路を中心に自転車専用レーン(ピクトグラム等)の整備も進み、車道における自転車の存在感を後押ししていますが、交通量が多い道では、レーンそのものが路上に駐停車するクルマで遮られていることもしばしば。それらを回避するために車道の内側に寄るのも注意が必要ですので、不慣れなうちは少し回り道であっても極力安全な道を選ぶことをおすすめします。主線を少し外れるだけで、交通量は断然減りますし、クルマのスピードも落ちます。
そして自転車乗車時の装備として欠かせないのがヘルメットです。「『生死を分ける』なんて大げさな」と思われるかもしれませんが、これは事実です。事故は自分の注意に関係なく、「もらい事故」というケースもあります。予期せぬ転倒は受け身がとれず、スピードの有無にかかわらず倒れただけで頭部を打ち付けるリスクがあります。実際に自転車に関連する事故は近年の利用者の増加に伴って微増しており、ヘルメット着用の「努力義務」はそうした事態に警鐘を鳴らすものです。
もちろん「努力義務」ですから非着用で罰則が科せられることはありませんが、着用を呼び掛けているにも関わらず着用せずに事故で頭部を損傷した場合、「ヘルメット非着用」が自転車運転者の過失として評価され、過失割合の算定で不利に計算されることもあるそうです。「努力=義務ではない」という言葉に引っ張られず、自身の身の安全を第一に考えて着用するようにしましょう。
あとは自転車通勤時の備えとして近年注目されているのが「自転車保険」です。自身のケガの補償だけでなく、自転車側が加害者となった対人事故時にも備える損害賠償保険が含まれるもので、 加入を義務化する自治体が増えています。
この流れを受け、自転車保険の商品数も多様化しています 。サービス内容も価格も様々で、例えば対人補償を重視し、自身がケガをした場合の補償内容を少なくすることで保険料を抑えたものもあります。またパンク等トラブル発生時に助けを求められるロードサービスが付帯したものもあったりと、自身の走り方やニーズに応じて選ぶことができます。ちなみに賠償責任保険については自動車保険等の特約に含まれているケースがあるので、自動車保険に入っている人は一度確認してみると良いでしょう。
ルールの順守とルート選び、装備と自転車保険がリスク回避の「ハード」だとすると、もう一つ重要な「ソフト」として「SHARE THE ROAD(共存)の精神」と「譲る心」があります。それはすなわち、危険を予測するために必要な注意力につながります。これはルールではありませんが、ルールを守ることと同じくらい大切なことといえるかもしれません。
例えば、車道で横を走っているタクシーを呼んでいる人が前方にいないか、前方で路駐しているクルマから人が降りそうなのか、バスの運転席からはどれくらい自分が見えていないのか(死角)を想像し、相手の次の動きを予測する等です。相手(クルマ)に対して「後方にいる自分が見えているはず」という期待は、ほぼ通用しません。状況を判断し、無理をせず安全と思われる対応をとるように心がけてください。状況判断も運転スキルの一つ。最初は難しいかもしれませんが、少しずつ慣れていきましょう。
注意点ばかりだと疲れてしまうので、最後に自転車通勤を楽しむちょっとしたコツをお話します。それは「視野を広げてみる」ということです。
「通勤」となると自転車を自宅から勤務先、あるいは駅まで往復するための道具と考えがちですが、それだけではもったいない。自転車は電車のようにただ乗っている乗り物ではなく、自分の脚でストップ&ゴーができる乗り物です。例えば出勤時、少し早めに家を出発して、経路途中にある公園やカフェで寄り道をしたり、始業前の時間を自由に使えるのも自転車ならではの楽しみ方です。
また、自転車を漕ぐことに体が慣れてくると終業後にペダルを漕ぎ出す瞬間の「ふわっ」と体が軽くなる感覚が楽しみになります。まるで仕事のストレスからも一気に解き放たれるかのように、気持ちのスイッチを切り替えることができます。座りっぱなしだった体を使って、また立ちっぱなしの電車で帰るよりずっと心身にとって良いはずです。通勤ですから、疲れない程度の距離と経路で、安全対策さえしっかりしている自転車ならば個人的には車種は何でも良いと思います。ただ、もしスポーツ用自転車に興味をもたれたなら、その先には通勤だけじゃない新しい世界が広がります。紹介したポイントを参考にしつつ、生活にスポーツ用自転車を取り入れて「日常」を少しずつ変えていってみてください。
アウトドアメーカーの広報担当を経て、2015年に産経デジタルに入社。5年間にわたって自転車専門webメディア『Cyclist』編集部の記者として活動。主に自転車旅やスポーツ・アクティビティとして自転車の魅力を発信する取材・企画提案に従事。私生活でもロードバイクを趣味とし、社会における自転車活用の推進拡大をライフワークとしている。
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