2023.11.8
公共交通機関に自転車を組み合わせ、降り立った先からさらに自由に移動できる「輪行」。サイクリストだけが楽しめる究極の旅のスタイルですが、さらに輪行時間も楽しんでしまおうということで、新幹線の「ファーストクラス」と呼ばれる特別車両「グランクラス」で輪行してみました。グランクラスだと自転車はどこに収納されるのか? そもそもグランクラスに自転車を持ち込めるのか? 緊張しつつ乗り込んでみたところ、場違いどころか、むしろグランクラスはサイクリストに最適な特別車両であることがわかりました。
グランクラスとは東北・北海道新幹線と上越・北陸新幹線に1車両のみ連結される特別車両のことで、グリーン車よりもさらにワンランク上の車両に位置付けられています。その分料金も高額になりますが、1席当たりの占有面積が広く、ゆったりとくつろぐことができます。さらに東京駅-盛岡駅以遠発着の「はやぶさ」や東京駅-金沢駅間の「かがやき」など長距離区間を走る列車では車両専用のアテンダントが乗務し、軽食と飲み物(アルコール類も含めて飲み放題)のサービスが提供されます。その分料金はさらに高額になりますが、遠距離移動の時間を楽しみたいという富裕層が多いのか、飲食付きのグランクラスは導入以来高い人気を集めています。
今回は石川県能登半島でのツーリング後に、金沢駅から東京駅に向かう上りの北陸新幹線「かがやき」でグランクラスのチケットをゲット。「せっかくグランクラスに乗るなら飲料・軽食つきを選ばない手はない」と、通常の指定席料金で14,180円のところを倍以上の29,020円をお支払い。「せっかく石川県まで来たのだから」と思い切って“百万石”の旅を仕上げます。
最も気になっていた点は「グランクラスで輪行ができるのか?」ということ。特別車両とはいえ新幹線。輪行が拒否されることはないにせよ、近年新幹線をめぐって話題になっている車内での特大荷物スペース事情もあり、グランクラスでは自転車がどう扱われるのかを検証してみました。
客室専用のアテンダントにマスク越しの笑顔で迎えられ、車内に足を踏み入れると、そこは仄暗い間接照明に照らされたムーディーなデッキ。駅のホームと一線を画すラグジュアリーな雰囲気に早くも圧倒されます。
本番はここからです。自動ドアが開くと、深いワイン色をしたシックな客室にどっしりとしたシートがずらり。1車両18席のみだそうで、通常の新幹線車両で1車両あたり100席以上あることを考えると、1人あたりの専有面積がだいぶ広いことがわかります。見上げればこれまた仄暗い間接照明。蓋付きの荷物棚に足元にはふかふかとしたウールカーペットと、乗ったことはありませんが、まさに航空機のファーストクラスをイメージした設えです。
薄汚れた輪行袋をもって入室するのがためらわれますが、気圧されてばかりいてはいけません。まずは自転車の格納先を探さねば、とキョロキョロしていると、アテンダントの方が「自転車ですね。お預かりします」と手を差し伸べてきました。
不慣れな展開に甘えることができず、「自分で運びます」といって誘導された先は最後部座席の後ろのスペース。「グランクラスも普通の新幹線と同じくここなのね」と思いつつ、いつも乗車直後に必死にスペースを確保している身としては、運んでもらえるということがもうグランクラス! しかも袋に覆われた“塊り”が自転車であると認識されたことにも安堵。どんな人も受け入れるおもてなしの精神、懐の深いグランクラスです。ちなみに、最後部座席と後ろのスペースがセットになった「スペース付座席」の事前予約が必要なのは東海道・山陽新幹線、九州新幹線と西九州新幹線で、東北・北海道新幹線、北陸新幹線と上越新幹線ではグランクラスでも予約不要です。
自転車の格納が完了し、包容力あるシートにどっかりと身を委ねたら東京までの2時間半、グランクラスタイムのスタートです。
まずは自分用にシートの角度を整えます。背もたれやひざ下部分を乗せる角度も調整でき、全身運動で疲労した体を優しく包み込んでくれます。
その他にも一席ずつに電源が完備されるなどうれしい機能が充実。サイクリングシューズから、各座席に用意されているスリッパに履き替えたらリラックスの準備完了です。
発車してほどなく、アテンダントの方がウェルカムセットのようなグッズ一式を手渡してくれます。
そこにあるメニューを開くと、車内で注文できる軽食メニューや飲み物などのリストが記されています。軽食は和と洋の2種類から選択でき、飲み物もソフトドリンクの他、アルコール類はビール、ワイン、日本酒に加えてコニャックというラインナップ。庶民的には「制限時間2時間半の飲み放題」の文字が頭をよぎりますが、ここはグランクラス。気持ちに余裕をもって優雅にいきたいところです。
軽食メニューは「百万石の自転車旅」のしめくくりにふさわしく、和食をチョイス。四つ並んだ小箱におよそ11の品数。「軽食」の捉え方に個人差はあると思いますが、個人的にはお酒を楽しむのに十分な量。ランチ代わりにできる、正午直前発の列車に乗り込んで正解です。
アルコールを嗜むサイクリストなら、ライド後の一杯はつきもの。いつもは輪行状態にした自転車をお店の方にお願いして置き場所を確保し、地元の飲食店で時間を気にしながら食事をして新幹線に乗ったり、あるいは売店でおつまみ等を購入して周囲に気を使いながら「居酒屋輪行」をしたり、何かと落ち着かないものです。その点を考えると一人、あるいは二人ならこういう贅沢な時間にお金を使うのもありかもしれません。
一通り楽しんだら〆はデザートとコーヒーで。存分に堪能したところで、終点・東京に到着です。さすがにコニャックまでは行きつきませんでしたが、酒類を全制覇することよりも、お酒を片手に車窓の風景を眺める時間や、静かな空間での読書が快適で、寝落ちすることなくあっという間に2時間半が過ぎてしまいました。心なしか体も回復。いつもなら遊び終わって“だるい”だけの復路の時間が、特別な時間となりました。欲をいえば、シートがマッサージチェアだったら…、というのは個人の感想です。
東京駅のホームに降り立ち、夢から覚めたような気分になりますが、心身がリフレッシュできているせいか帰路に向かう足取りも軽やか。頻繁に使用することは難しいですが、北陸や北海道など「ここぞ」という長距離区間を新幹線で移動する際に、料金を払って時間を有効活用するという点で“一乗”の価値ありです。
ただし、リフレッシュされたからといって、飲酒された方はその後自走で帰宅すると飲酒運転となりますのでご注意を。楽しかった自転車旅を最後まで安全に仕上げましょう。
アウトドアメーカーの広報担当を経て、2015年に産経デジタルに入社。5年間にわたって自転車専門webメディア『Cyclist』編集部の記者として活動。主に自転車旅やスポーツ・アクティビティとして自転車の魅力を発信する取材・企画提案に従事。私生活でもロードバイクを趣味とし、社会における自転車活用の推進拡大をライフワークとしている。
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