2024.12.2
世界初のディスクロード(ディスクブレーキを装備したロードバイク)を知っていますか? 小規模メーカーやビルダーが実験的に製作していたケースを除くと、マスプロメーカーが発売した世界初のディスクロードはコルナゴの「C59ディスク」。まだディスクロード用コンポが存在していなかったので、ブレーキメーカーと共同開発した独自のブレーキ/シフトレバーを採用していました。それが2012年。いまからたった12年前のことです。
マウンテンバイク(MTB)ではすでに主流になっていたディスクブレーキですが、ロードバイク界では賛否両論でした。「重量が重くなる」「フレームやフォークやホイールの剛性が上がりすぎてしまう」「フレーム・ブレーキシステム・ホイールの全てを刷新する必要がある」などのデメリットがあったためです。
肌感覚では、当初は「ロードにディスクブレーキなんか必要ない派」の方が多かったように思います。このときはまだプロレース界では認可されておらず、トライアル期間を経て正式に導入されたのは2018年になってから。業界としても当初は懐疑的な雰囲気が漂っていました。
しかし、ディスクロードの誕生から干支が一回りするかしないかのうちに、発表されるロードバイクのニューモデルはほぼディスクロード一色になりました。ハイエンドバイクに限れば、2020年頃には各社のラインナップからリムブレーキが姿を消していたので、100年以上あるロードバイクの歴史の中で、ブレーキシステムの刷新という大変化が10年弱という短期間のうちに完了してしまったわけです。
個人的には、これは驚きのスピードでした。「リムブレーキ→ディスクブレーキ」の変化はジャーナリストとしてリアルタイムで経験しており、試乗を頻繁に行っていた時期でもあったので、その変化の過程を詳細に記憶しています。それをもとに、「ロードバイクの新車がすべてディスクブレーキになったワケ」を推察してみます。
理由は一つではありませんが、ディスクブレーキに移行した最大の要因としては、制動性能が状況によって大きく左右されるというリムブレーキの欠点の是正があります。リムブレーキは雨の中を走ると制動面であるリムの表面に水膜ができてしまい、制動力が低下します。乗り物の三大性能である「走る・曲がる・止まる」の中でもっとも重要な「止まる性能」が不完全だったのです。
ISO(国際標準化機構。国際的に通用する品質・規格を制定する機関)を含めた業界がそれを問題視し、「自転車の制動性能を向上させるべき」という動きが生まれました。安全性の向上は、乗り物としてスピードや軽さよりも重視すべき絶対的な正義です。「どんな環境でも安全に止まれる乗り物にする」という目的が、ディスクブレーキ化の発起点となったと言われています。
それから各メーカーが開発に力を入れ、フレームはもちろん、コンポ、ホイールもディスクブレーキ用を次々とリリースしました。正直、当初のディスクロードは完成度が高くありませんでした。重量が増してしまうのは仕方がないにしても、走りがもっさりとしたものになったり、快適性が低下したり、ハンドリングに左右差があったり…。
当時は「完成されていたリムブレーキの走りに追いつくには、相当の時間がかかるだろう」と思っていたのですが、しかしその進化は想像以上に早いものでした。ディスクロードの走りはあれよあれよという間に洗練されていき、誕生から数年後にはかなり完成度の高いディスクロードが出来上がっていました。業界一丸となってデメリットを潰した、といっても良いでしょう。この驚くべき進化のスピードが二つ目の理由です。
しかも、ロードバイクがディスクブレーキ化した時期は、「ロードバイクの大衆化」「エアロブーム」「グラベルブーム」と重なっています。それらはすべて、ディスクブレーキ化を強力に推し進める追い風となりました。これが三つ目の理由と考えられます。
理屈としてはリムブレーキとディスクブレーキで制動性能に違いはありませんが、雨天を含めた現実世界ではディスクブレーキの安心感は絶大で、特にビギナーには大いに歓迎されました。その点でディスクブレーキはロードの大衆化に貢献したのだと思います。
また、リムブレーキは金属製のケーブルでレバーの動きをブレーキキャリパーの作動に伝えるため、ケーブルをクネクネと曲げることができませんが、ディスクブレーキの多くは油圧作動なので、経路が複雑になってもOK。ケーブル類を内蔵して空力性能をアップさせる上でも都合がよかったのです。
そしてメリットはタイヤを太くできることです。これは、いわゆる“グラベル(未舗装路)ブーム”にも関わってくるところですが、リムブレーキではタイヤをまたぐようにブレーキキャリパーを設置する必要があるので、タイヤを太くできません。しかしディスクブレーキはタイヤ周辺にはなにもないので、タイヤを太くできます。
タイヤのワイド化は、ロードバイクのフィールドと遊び方を、それまでとは比べ物にならないほどに広げてくれました。この「タイヤのワイド化によるロードバイクの多様化」にはディスクブレーキ化が必須だったわけです。
先述のとおり、僕は黎明期のディスクロードに良い評価を下していませんでした。完成の域に達していた「リムブレーキバイクの最終形」と比べて、走りが未熟だったからです。そのせいであらゆる人から「ディスク否定派ですよね」と言われましたが、断じて違います。「良い走りのバイクが好き」なのであり、「ダメな走りのバイク否定派」なので、リムブレーキもディスクブレーキも評価には関係ありません。
最終期のリムブレーキ車のしなやかで軽快な走りは今でも好きですが、最新ディスクロードの走りは、文句のつけようがないほど良くなりました。今では所有バイクの半分ほどがディスクブレーキになり、メインバイクもエアロなディスクロードです。
そんなユーザー視点も踏まえると、「ロードバイクはディスクブレーキ化してよかった」と思います。総合的な制動性能が上がって安心感が高まり、全天候型になり、リムの摩耗からも解放され、タイヤ幅の自由度が上がって楽しみ方が多様になりました。
もちろん、メーカー側のビジネス上の都合やユーザーの意識の変化も一因かもしれませんが、それらのメリットを存分に活かしつつ短期間でデメリットを潰せたことが、ロードバイクが短期間でディスクブレーキ一色になった理由だと思います。
自転車ライター。大学在学中にメッセンジャーになり、都内で4年間の配送生活を送る。現在は様々な媒体でニューモデルの試乗記事、自転車関連の技術解説、自転車に関するエッセイなどを執筆し、信頼性と独自の視点が多くの自転車ファンからの支持を集める。「今まで稼いだ原稿料の大半をロードバイクにつぎ込んできた」という自称、自転車大好き人間。
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