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身近にあるロードレースとスポーツ自転車への市民の理解度

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スペインの自転車事情<5>
身近にあるロードレースとスポーツ自転車への市民の理解度

 プロの自転車選手を数多く輩出するスペイン。同時に、この国では多くのレースが開催されている。「ブエルタ・エスパーニャ」や「クラシカ・サンセバスチャン」のように日本にもテレビ放映されるレースもあるが、テレビなどで放映されず地元の人や自転車関係者しか知らないレースも少なくない。また、「レース」という形式ではないサイクリストが集まるイベントというものも数多く存在する。こうしたレースやサイクルイベントが開催されると近隣の道路には交通規制がかかり、警察官や病院関係者などがレースの内外で動くことになる。そのため、大会を開催するオーガナイザーはレース(イベント)会場の地元の理解を得ることが必要になる。

 スペインの場合、自転車関係のレースやイベントを開催するとき、大会のオーガナイザーはいかにしてレース開催の理解を地元の人々から得ているのだろうか。そんな疑問を解決するカギとなる自転車イベントが、11月のマドリードにある。(Photo & Text by Yukari TSUSHIMA)

マドリードの歴史あるクリテリウムレース「メモリアル・マリア・イサベル・クラベーロ」

 毎年11月にマドリード北部のラス・ロサス市で開催される自転車イベント、「メモリアル・マリア・イサベル・クラベーロ」。いわゆる「クリテリウム」と呼ばれるレース形式で、1周約600メートルのコースを選手たちは何周も走ることになる。

 その昔、自転車ロードレースがシーズンオフになると、スペインのあちこちでこうしたクリテリウムレースが開催され、プロ選手が多数出走していた。しかし、スペインの経済不況のあおりを受けて、2010年代にクリテリウムの数は一気に減少した。

 今回訪れた「メモリアル・マリア・イサベル・クラベーロ」は、こうした状況でも31年間続くクリテリウムのレースである。この日のクリテリウムを走るのは、30歳以上のマスターズの選手と現役プロ選手、そして過去にプロとしてレースを走ったことのある元プロ選手たちである。しかし、昨年からこのクリテリウムレースの前に一つのイベントが加えられることになった。その主役は子どもたちである。

子供たちへのアナウンス「今日はレースではありません」

 選手たちがレースを走る前、それぞれの自転車をもった子供たちが会場に集まり始める。中にはお父さんやお母さんの自転車につけた補助席に座っている1歳くらいの子供もいたりする。また、子どもたちが乗る自転車も様々だ。一番多いのはマウテンバイク(MTB)に乗る子どもたちではあるが、本格的なロードレーサーに乗る子供もいる。基本的には自転車に乗ることができる子供であれば、誰でも参加できるようなイベントである。

今回このイベントに集まった子どもたちの多くは、ラス・ロサスとその近辺に住む子どもたちである。また、この日の後半に開催されるクリテリウムのレースに出走する選手たちの子供も、自分の自転車を持ってきて参加することもある。

 子どもたちは年齢別に分かれ、1~3周することになる。このとき、スタート前にオーガナイザーから子どもたちにこのようなアナウンスが伝えられる。「今日はレースではありません。だから、自分のペースでゆっくり走ってくださいね」。

 子どもたちが走るときであっても、地元の警察の白バイがきちんと先導する。同時に、大人のサイクリストが3~4人ほど子どもたちに伴走する。ちなみにこの伴走者は、自転車のプロ選手や元プロ選手が務めることが多い。伴走者の大人は子どもたちの安全確保をしながら、そして時には集団から遅れてしまった子供を励ましながら、子どもたちと一緒にゴールへ向かう。

 そしてゴールした子どもたちは、メダルとお菓子とジュースをオーガナイザーからもらって解散、というのがこの日の流れである。小春日和の土曜日に自転車で走る子どもたちを家族みんなで応援する、そんなのどかなイベントである。 

地元の関係者への感謝状も

この日のクリテリウムには、日本のチームで走る選手も参加。この日がラストランとなったキナンのマルコス・ガルシア(写真左)とTeam UKYOのベンジャミン・プラデス

 子供が走ったあとに、大人たちのクリテリウムレースが始まる。マスターズの選手のあとに元プロ選手と現役のプロ選手が走ることになる。こちらは「レース」のため、レース後には表彰台のセレモニーも開催される。

 そして、その表彰式では選手だけでなく、このイベントを支えた地元のラス・ロサス市長や警察、そして医療関係者にも感謝状が贈呈される。

 この日、現役プロ選手のカテゴリーの表彰式が終わり、ラス・ロサス市の警察官がオーガナイザーからの感謝状を受けっとているときだった。2位となったオマール・フライレ(イネオス)が「ラス・ロサス市のおまわりさんと一緒に写真に写ろう」と提案し、一緒に表彰台に立っていた他の選手もこの申し出を承諾。その結果、次のような写真が、翌日以降ラス・ロサス市を中心に公開されることとなった。

 このメモリアル・マリア・イサベル・クラベーロは、決して大きな規模のレースではない。しかし、このレースに出走することを毎年楽しみにしている有力選手も多く、また選手とほとんど垣根なく触れ合うことができることから、この日のイベントを楽しみにしている自転車ファンも少なくない。

 実は、このレース会場となったラス・ロサス市は、今年のブエルタ・ア・エスパーニャの最終21ステージのスタート地点となった場所である。このようにブエルタのスタート地点を誘致することができた要因として、このメモリアル・マリア・イサベル・クラベーロが、ラス・ロサスの人々から自転車レース開催への理解を得るきっかけとなっていたことが考えられる。

 このように、多くの人が様々な形で参加できる楽しい自転車イベント(レースという形を取らなくとも)を継続的に開催することで自転車レースへの理解を得ていくことが、一見地味ではあるが、最も効果的な方法なのではないだろうか。

對馬由佳理(つしま・ゆかり)
自転車ライター。北海道出身。10年以上スペインに住みながら、現地の自転車レースを追う。スペインの男女自転車ロードレース、シクロクロス、パラサイクリングの取材経験をもつ。