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Interview インタビュー

10代目「自転車名人」安田大サーカス団長安田さん 「自転車の楽しさもリスクも正しく伝えたい」

団長安田(だんちょうやすだ)

お笑いトリオ「安田大サーカス」の団長を務める。「自転車芸人」としてさまざまな自転車イベントやレース、トライアスロン等に自ら参戦するほか、MCやゲストとしても活躍中。

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 自転車の健全な活用推進に貢献したサイクリストを表彰する「自転車名人」の10代目に決定した安田大サーカスの団長安田さんこと安田裕己さん。明るく楽しくロードバイクに乗る姿が印象的ですが、過去にはレース中に落車をしてドクターヘリで緊急搬送され、ヘルメットを着用していたことで九死に一生を得たという経験も。ヘルメットの着用が努力義務化されるなど自転車をめぐる環境が大きく変わる昨今、「自転車名人として、自転車の楽しさとリスクを正しく伝えていきたい」といいます。

「コケるタイミングは誰にもわからない」

─10代目「自転車名人」として表彰されたいまの気持ちは?

 僕も長いこと自転車に乗ってきたので、それが評価されたのはありがたいことです。とくに10代目という区切りの良いところで表彰されたことは嬉しかったですね。

 歴代には、初代・忌野清志郎さんをはじめ、俳優の鶴見辰吾さん(二代目)とか、子供の頃から知っている大スターの方々も名を連ねていらして、そこにサイクリストとして僕も加われたということは光栄なことです。片山右京さん(四代目)も自転車を通じて知り合うまで、そんなに身近な人とは思っていませんでした。

 そういう意味では自転車って面白いツールですよね。ライドでもいえることですが、世界が違うと思っていた人でも、一度一緒に走ると一気に距離が縮まる。道端カレンさん(八代目)もね、あんな脚長い人、普通はしゃべりにくいですよ(笑)。会い方が違ったら、こんなふうにしゃべれないっていう出会いが自転車にはあると思います。

4月の「サイクルモード2024」で行われた「自転車名人」の表彰式の様子(提供: 松竹芸能)

─自転車名人としての役割をどうお考えですか?

 僕なりのやり方で自転車の楽しさを伝えられたらと思います。ただ、一方でルールやマナーの大事さも同じくらい伝えていかなければならないと思っています。とくに最近話題の、努力義務化されたヘルメットの着用。僕自身も過去に、レース中に落車して大けがを負いましたが、ヘルメットのおかげで九死に一生を得ました。その実体験をもって、ヘルメットの重要性は皆さんに切に伝えたいと思っています。

─サイクリスト的にはヘルメットの着用は常識ですが、一般の軽快車ユーザーの中には「なぜ急にヘルメットをかぶらなきゃいけなくかったのか?」という意見も少なくないようです。

 色々な考え方があるし、「個人の自由」という意見もそうだと思います。ただ、交通事故ってクルマの事故が減っている一方で、自転車の事故は減っていないんですよね。しかも死亡事故ではヘルメットかぶっていなかったケースが多いそうです。

 よく言うのですが、今日コケるとわかっていたら予防策はとれるけど、そうはいきませんよね。いつコケるかわからないからヘルメットをかぶる必要がある。コケた瞬間に本当に人生が変わってしまうこともある。僕自身も、あのときかぶっていなかったらと思うと、いまでもぞっとします。

 先日も仕事で肋骨を骨折したんですけど、それでも生活はできます。でも頭打った当時は、クルマも運転できなかった。重篤な後遺症が残るかもしれないともいわれていました。幸い後遺症は残りませんでしたが、ヘルメットをかぶっていてもそんな状態だったので、かぶっていなかったらこのくらいで絶対済んでいなかったと思います。

 ヘルメットをかぶっておくだけで、命が助かったり、ケガの重症化を防げるなら、かぶっておいた方が絶対いい。それは趣味で自転車に乗ってるサイクリストだけでなく、軽快車で街を走っている人にもいえることです。自分が注意していても、いつ何時どんな人がいるかわからない、どんな動物が飛び出してくるかわからない、どんなクルマが横から現れてくるかもわからない。ヘルメットをかぶると髪型がくずれるとか否定的な声もありますが、事故を体験した身としては、自転車に乗るなら絶対にかぶっておいた方が良いと声を大にしていいたいですね。

「皆で良い環境を作っていくことが大事」

 ただ、ヘルメットの話題ばかりが注目されがちですけど、かぶることが大事なんじゃなくて、社会的に自転車の走行環境を整える上でヘルメット着用はその方法の一つに過ぎない。逆走などのルール違反に対する指摘もそうで、一つ一つの事象に目をむけがちですが、そのことに目くじらをたてるのではなくて、ルールを守らないことは何が問題なのかに目を向けてほしいと思います。

 かつて僕もそうでしたが、子供の頃には「自転車は車道を走りなさい」と教えられた記憶はなくて、自転車は歩行者という感覚でした。それが急に「車両だ」といわれても、「車道を走る」という認識だけが先行してしまい、左側通行という認識は浸透していないのかもしれません。その点で、自転車の環境整備は過渡期ともいえます。

 逆走している人を怒鳴りつけるサイクリストをたまに見掛けますが、ギスギスしないで「もしかしたら相手はまだルールを知らないのかもしれない」と思って、知っている人は知らない人に「教えてあげる」くらいの意識で声掛けをして、皆で良い環境を作っていくことが今は大事なことなんじゃないかと思います。

 僕自身、子供の頃に教わらなかった身として、子供たちにはしっかり基本的な自転車のルールを教える機会を持つことができたらと思っています。僕ならではのやり方で、おもしろく学びながら自転車の乗り方のテクニックを身に着けてもらえる、そんな自転車教室ができたらいいなと思っています。

東京の「自転車の街」化に期待

─東京も数千人規模の自転車イベント「グランドサイクル東京」を立ち上げたりと、自転車をめぐる社会環境を後押しする動きを強めています。団長も今大会のアンバサダーに就任されましたが、このイベントをサイクリストとしてどう受け止めていますか?

 レインボーブリッジって封鎖できんねやー!って思いました(笑)。さらにそこを自転車で走らせてくれるなんて、東京も変わったなーって思いました。東京っていまいち自転車に対して優しくないイメージがあって、自転車にあまり向き合ってないのかなと思っていたので、こういうイベントを始めたことは驚きました。普段走れないところを走れるのも貴重な経験ですし、一サイクリストとしても参加できることを楽しみにしています。

 こういうイベントを通して、自転車を取り巻く環境がもっと良くなっていくと良いなと思います。東京はまだまだ自転車で走りにくい場所があって、車道なのに自転車が走行禁止になっている道もあります。ずっと疑問に感じていることの一つに羽田空港への自転車のアクセス問題があるんですが、飛行機と自転車がモビリティとして連携できないのは、いまの時代もったいないですし、見直すべきだと思うんですよね。

(提供:松竹芸能)

 あと僕は多摩川をよく走るんですが、名実ともにサイクリングロードとしてしっかり整備されるといいなと思っています。以前、韓国のハンガン(漢江)を中心に作られた「ハンガン自転車コース」という全長約240kmの韓国最長のサイクリングロードを自転車で走ったことがあるんですけど、そこではサイクリスト、ランナー、歩行者用に道が分かれているんです。多摩川はサイクリストも歩行者も混在しているから自転車が危険視される存在になってしまっていますが、そもそも通る道が分かれていたらそんなことにはなりませんよね。

 もしそんな環境が整備されたら、羽田空港からそのまま奥多摩へ抜けられて、さらには富士山まで自転車で走るなんてことも! つながれば日本を代表するサイクリングロードになるんちゃうかなーって思っています。

 話はそれましたが、こうした都市型の自転車イベントが開催されることで、スポーツとしての自転車文化が、海外と同様、もっと馴染みあるものになっていけば良いなと思います。日本はほとんどの人が軽快車に乗れるので世界有数の自転車大国といわれていますけど、移動手段としての認識にとどまっているのは本当にもったいないこと。スポーツサイクルがたくさん街を走るようになって、自転車に対する価値観が変わっていけば、健康面でも環境面でも社会はきっと良い方向に向かっていくんじゃないかと思います。

(文・写真:後藤恭子)