TOPインタビュー形本静夫 インタビュー

Interview インタビュー

スポーツサイクリングを「科学」する
~快適・安全に健康を手に入れよう~

1.運動生理学の観点から自転車を研究し、ご自身でもスポーツ用自転車を楽しまれている形本さん。まず自転車との出会いについて教えてください。

 もともと私は陸上競技をやっていました。しかし、脚の肉離れを起こしてしまい、脚に負担の少ないジョギングに切り替えたのですが、下腿三頭筋や腰に痛みが出たことから、57歳の時、スポーツ用自転車を始めました。とはいっても「楽しそうだから」というのが自転車を始めた一番の理由です。自宅や順天堂大学さくらキャンパス(千葉県印西市)の近くには、利根川のサイクリングロードや農道、アップダウンがある道もあり、自転車を楽しむには良い場所なんですよ。

2.怪我がきっかけになったとのことですが、なぜ自転車での運動は膝や腰などへの負担が少ないのでしょうか。

 ランニングは着地の度に、普通以上の速度で走ると体重の3倍、速く走れば5倍くらいの衝撃が加わります。これは膝や腰の関節への負担となるほか、筋断裂、足裏の赤血球が破壊される「溶血」によるスポーツ性貧血などの原因にもなります。それに対し自転車は、平らなコースを一定の速度で走れば関節への負担は極めて少なく、体重の重い人であっても、普通体重の人と負担がほとんど変わりません。

3.ダイエットや体力づくりといった観点から、自転車はどのような運動といえるのでしょうか。

 自転車の良いところは、長時間運動ができることです。ここで大切なのが「エネルギーコスト」という考え方。モノに値段があるように、人間が運動をするときには、一定のエネルギーが必要となります。

 たとえば人間が走るとき、体重1キログラムを1km進めるために、1キロカロリーを使います。これは速く走っても遅く走ってもほぼ変わりません。
 一方、自転車は、ゆっくり走ると1kmで約0.3キロカロリー。普通のスピードで走ると、0.35~0.38キロカロリーくらい。おおざっぱに言うと、ジョギングの3分の1くらいのエネルギーコストです。ランニングで10km走るのと同じカロリーを消費するためには、自転車は30km走る必要があります。
 とは言うものの、ここで想像していただきたいのですが、ランニング10kmは、かなりつらいですよね。しかし、自転車で30kmであれば、大体の人が走れる距離です。

 もうひとつ紹介したいのが、サイクリングと「乳酸」の関係です。激しい運動をすると、すぐに体が動かなくなります。そのとき、筋肉には乳酸がたまっています。ちょっと難しい話ですが、乳酸は、運動により糖質が代謝することで発生する物質のひとつです。ダイエットの最終的な目的は、糖質ではなく「脂肪」を減らすことですよね。乳酸がたまって、短時間で動けなくなるような運動は、ダイエット向きではありません。

 私は以前、自転車レースで4時間走ったあとの血液中の乳酸濃度を測定してみたことがあります。そこで驚いたことは、ラストスパートもしたのですが、通常時とほとんど乳酸の値が変わらなかったこと。つまり、そのレース中は、糖質の代わりに脂肪の代謝が盛んになっていて、相当の脂肪が燃焼したと考えられます。ダイエットのためには、無理なく長時間の運動ができる「自転車」は最適です。ちなみに、同じような効果を持つ運動として、水泳も有効なのですが、近くにプールが無いなど、場所の問題がありますから、自転車の方がより簡単に行えると思います。

4.ダイエットや体力づくりを目的とした場合に、どのくらいの速さで自転車をこげばよいでしょうか。

 自転車の大きな特徴は、運動の強さが調節しやすいことです。自転車は、ゆっくり走ると、運動強度は極めて低く、歩くより楽です。これでは効果が上がりません。普通よりも少し強いくらいのこぎ方をしてください。

 運動の強度は心拍数と比例します。運動の強さを測るためには、心拍数を測ればよいわけです。でも、自分の心拍数を測るには、計測器を用意する必要がありますから、普通は、「ちょっとキツいな」といった感じで、感覚的に運動の強さを判断しています。

 ここで自転車にはある特徴があります。人間の感覚で自転車をこぐ力を「1.軽く」「2.普通」「3.やや強く」「4.強く」と分けると、生理学的な運動の強度も1→2→3→4と強くなります。つまり、自転車は、特別な計測などを行わなくても、だいたいの感覚で運動のレベルを調整できるのです。

 ダイエットや体力づくりのために自転車に乗るのであれば、乗る時間が30分程度と短い場合、「やや強く」くらいでこぐのがよいでしょう。あまり強いと乳酸がたまってしまいます。1時間くらい乗れるなら「普通」、体力に自信がある方は、「やや強く」くらいがよいと思います。もちろん、自分がどのくらいの強度で運動をしているのか、ということを、心拍計(ハートレートモニター)で測るのも有効です。

5.そのほか体力づくりやダイエットで注意しなくてはならない点はありますか?

 まず継続すること。運動は1週間に1回でも効果があると言われていますが、その効果は微々たるものです。毎日続けた方が、トレーニング効果が高くなります。しかし、毎日やらなければならないという「義務感」で続けると長続きしないのも事実。週に2回、できれば3回くらいを目安にするとよいと思います。

 また、運動と休養、栄養はセットです。運動が終わった後は休息し、ストレッチ、入浴、マッサージを行い、そして十分に睡眠をとる。運動をしているからといって、暴飲暴食をしては意味がありません。運動でコントロールできるカロリーはわずかなものです。脂肪1グラムあたり9キロカロリーですので、900キロカロリー消費しても脂肪100グラム分にしかなりません。ですから、しっかりと食事もコントロールしましょう。かといって、食事を抜くのはよくないです。実験では、食事を減らすだけで4キロ痩せた際、減った4キロのうち脂肪は半分、筋肉や骨など活性組織が半分でした。しかし、バランスの良い食事を運動と組み合わせて4キロ痩せると、そのうちの96%は脂肪、4%が活性組織でした。運動能力を落とさずに体重を落とすことが大切です。

6.体力づくりやダイエットに適しているということで、スポーツ用自転車に乗る方が増えました。普及にあたり、どのような課題があるとお考えでしょうか。

 スポーツ用自転車初心者の方の中には、安全面の意識が足りないと見受けられる方もいると感じています。安全性の確保のためには、交通法規を守ることはもちろん、自転車の整備を十分に行うことが大切です。「売りっぱなし」のような店舗ではなく、購入後にフォローアップしてくれるショップを選ぶことです。SBAA PLUS認定店のように、しっかりとした教育を受け、整備の技術を身に着けた整備士のいるショップにお願いするのが、安全なサイクリングライフの第一歩になると思います。ショップも、競技者だけではなく、健康づくり、体力作りのために乗る人も含めて、スポーツ用自転車はどうあるべきかという意識やノウハウを持つべきだと思います。

 私は、タイヤの空気圧の調整や、チェーンの注油といった日常的なことは自分でやりますが、安全面に重大な影響を及ぼす部分については、プロの販売店に任せます。そして2年に1度は、オーバーホールを行っています。自転車において「車検」は義務ではありませんが、性能をフルに発揮するためには、自転車を常に良い状態にしておく必要があることは知っておいてほしいと思います。

7.最後に、これからスポーツ用自転車を始めてみようという方にメッセージをお願いします。

 運動は顔をしかめて頑張らなくてはできないものではありません。数ある運動の中でも自転車は、自分の意思で前に進み、風を切って、遠くまで、好きなところに行ける、気分爽快なスポーツです。  そして、サイクリングは、先ほど申し上げたように、体への負担が少なく、長時間、強度を調整しながら運動できるという長所を持っており、ダイエットや体力づくりのため「何か運動を始めてみよう」という方に最適なスポーツでもあります。季節を感じ、景色を楽しみ、名所旧跡を眺め、仲間とワイワイ、楽しみながら乗ってみてください。

【形本さんよりコメント】
スポーツ用自転車に乗ることは、健康維持のために最適です。また、とても「エコ」な乗り物でもあります。安価な自転車を買い、すぐに乗りつぶして廃棄してしまうのではなく、良い自転車を買って、メンテナンスしながら永く乗れば、廃棄も出ず、さらに「エコ」の効果が高まります。愛着を持って、良い自転車に永く乗ることの喜びを感じてほしいと思います。