2022.3.25
1980年4月22日生まれ。1996年に日本最高峰のクラス、エリートクラスへ特別昇格。今も破られていない最年少記録である16歳で全日本チャンピオンに。2002年から2年間は海外のチームへ移籍しワールドカップを転戦。その活躍からホンダ・レーシング(HRC)のMTBチームの設立当初からメンバーとして活動した。在籍中、2年連続のナショナルチャンピオンやアジアチャンピオンなどを獲得し、数多くの功績を残した。現在も現役にこだわり、2021年度発足の「TEAM A&F」では選手兼監督としてレース活動を続けながら、チーム運営やMTBの普及活動に努めている。
この人の記事一覧へ―前回の2018年9月のインタビューでは、2001年、2002年頃の人気絶頂時のマウンテンバイク(MTB)シーンについて振り返っていただきました。ブームが去り、時が経過したなかで、明るい材料も見え始めたといったことも伺いました。あれから3年余り。今、MTBはどういった状況にありますか?
この3年ほどで、コロナ禍によって世の中が変わってしましましたが、MTBにとっては良い方向に進んだと思っています。移動手段、健康維持、三密を回避した遊び、時代にマッチしたものとして、イメージも上がったのではないでしょうか。東京五輪もありましたし、遊休地の活用などでMTBに注目する行政も増えているように思います。
ここ最近を振り返っても、宮城県大河原町が河川敷にMTBコースを造成していますし、福島県が県所有の山を活用してMTBコースを造っています。群馬のスキー場「パルコール嬬恋」でも夏場の利用促進を目指してMTBコースを造成中です。全国各地に少しずつ、MTBフィールドが増えていますよね。
―MTBフィールドは増えましたが、人の集まり具合はどうですか? MTBフィールドによく行かれる井手川さんから見て、どう見えますか?
多くの人が来ていると思います。シーズン中の話ですが、普段練習しているMTBフィールドでは、週末はゴンドラに長蛇の列ができていました。そのフィールドの運営者に話を聞いても、裾野が拡大していて、最近では未経験者の若者が多いと聞きました。インターネットで調べて、山遊びをしたい人が多いらしく、そこにたどり着いたようです。そこではバイクレンタルも行っていますが、シーズン中の週末はすべて貸し出しになってしまうことも多かったようです。例年よりもお客さんの総数も増えていると伺っています。
SNSを見ても、週末は都心部のフィールドは賑わっているように思います。MTBフィールドは確実に増えたし、乗っている人も増えました。MTBスクールの需要も声も大きくなってきていますね。
―スクールと言えば、井手川さんは小中学生を対象にしたMTBスクール「Bicycle Academy(バイシクルアカデミー)」を2020年から開始されました。どのような目的と経緯でスタートしたのでしょうか?
「Bicycle Academy」はMTBの普及目的で始めたものです。MTBスクールの講師として8年活動をしていて、小学生を対象にしたMTBスクールの需要があることもわかっていました。開催すると参加者は集まってくれるのですが、ただ、場所がないんですよね…。
そうしたなかで、ある日、神奈川県横浜市にある「トレイルアドベンチャーよこはま」の担当者から「MTBスクールをやりませんか?」というお話をいただきました。場所も見つかり、それがきっかけとなり、始めたのがBicycle Academyです。
場所があれば人が集まるという点については、付け加えたいことがあります。僕自身、ランニングバイクの「ストライダー」とも以前からつながりを持っています。ストライダーは幼児が対象ですが、それが人気になっているんです。
ランニングバイクからキッズバイクへとニーズをつなぎ合わせると、MTBへとステップアップしていく流れが確実にあると考えていました。ですから、小学生を対象にしたMTBスクールの需要があることはわかっていました。僕自身の立場からだと、ランニングバイクを卒業した子供たちに自転車に乗ってBicycle Academyで学ぼうよと声掛けすることもできます。流れができるとお客さんが来てくれたりもしますよね。
―MTBスクールで学びたいという子供たちはどのくらい増えているイメージですか?
関東に限りますけど、Bicycle Academyを見る限り、年々2、3割ずつ、徐々に増えているようなイメージです。数年前までは坪単価があまりよくない子供車を置きたいスポーツ用自転車店は、あまりなかったと思います。しかし、様相が少し変わりました。今や子供車を売ると、その親御さんも購入するということもあり、セットのような感じにもなってきています。Bicycle Academyに来る親御さんにも、子供が楽しそうにしている姿を見て、自分も買いましたという人もいらっしゃいますね。
―Bicycle Academyではどんなことを教えていますか?
オフロードでの基礎的な乗車スキルを教えています。オフロードでの乗車スキルを掴んでもらうことで、オンロードを走行していても、自転車の操縦も上手になり、交通事故も減り、学んだスキルで自分の身を守れるようになると考えています。自転車以外のスポーツにも身体の使い方など、いい影響があると思います。
Bicycle Academyでは楽しさを知っていただくことが目的なので、学んだ子供たちが必ずしも自転車競技に取り組むように仕向けているわけではありませんが、ふたを開けてみたら、参加者の半数がイベントやレースに出ていて、より積極的に乗ってくれるが子は多くなっています。やっぱり子供は自転車に乗るのが大好きなのだと感じています。
ちなみにBicycle Academyなどのスクールでは単に乗車技術を教えるだけではなく、僕の活動を応援してくださるスポンサー企業をフル活用しています。たとえば、長年に渡ってトレーニングと栄養指導をサポートしてくださっている森永製菓 in Training Labは、僕自身がそこで学んだ知識をBicycle Academyなどのスクールに取り入れています。身体のケアや栄養補給の知識は多くの人が持っていないと感じています。そこで森永製菓の担当者にお願いして、栄養に関する動画コンテンツを作成してもらいました。スクールの受講生や親御さんに動画を見てもらって、質問があればできるようにしています。年間を通しての栄養指導コンテンツを見ていただいたら、inゼリーやプロテインが受講生にプレゼントしていただける仕組みを取り入れました。
単純にスクールを開催して、自転車の乗車技術を教えるだけよりも、こうした取り組みとあわせてトータルでスクールを受講してよかったという満足度を上げていきたいと考えています。今後も関わる全ての人にとってメリットになるような取り組みを進めたいですね。
―Bicycle Academyは何カ所で開催していますか?
2021年シーズンは、横浜市(神奈川県)、静岡市(静岡県)、黒姫高原(長野県)、桑名市(三重県)の4カ所で開催しました。2022年は毎月開催のスクールを8カ所に増やしたいと思っています。この先も年々、開催場所が倍増できればと思っています。
そう考えたときの課題となるが、講師です。現在、講師が不足しています。講師がいれば開催場所も増やせると思っています。あてがないわけではなく、候補は数多くいると思っていて、かつて選手をやっていたけれども、今は自転車とは無関係の仕事をしている人も多くいます。これは非常にもったいないことです。自転車に関わりたいという熱はあっても、なかなか生かせる機会がなかったと思います。
今年に入ってからSNSを活用して講師の募集をしたところ、遠方在住の方を含む10人ほどから連絡をいただきました。これまで遠方からスクール開催の声をいただいても、交通費等を考慮すると、スクール料金が高くなってしまう要因にもなってしまいましたが、現地に講師がいればそうした課題はなくなります。講師になる方には、我々の理念を理解してもらう必要があると思っていますが、遠方の方が応募していただいたのは嬉しかったです。
―Bicycle Academyが全国に広まるのは楽しみですね。
簡単なことではないですけれども、講師が増えて開催場所が全国各地に広がれば、年1回全国各地の受講生を集めて、MTBのレースイベントを開催できたらいいなと思っています。それが僕の夢です。子供は子供同士で遊んでもらうのが楽しいし、別の支部の子がいると、それが刺激になって良い成長につながります。最終的にはそうしたことをやりたいんですよ。今の講師メンバーはみんなそれを目標に頑張っています。
―井手川さんは40歳越えてなお現役のプロライダーであり、スクール運営を行うなど、様々な顔を持っています。今後はどこに向かっていくのでしょうか?
様々な活動を連動させた動きをしたいと思っています。そうでないともったいないですね。僕が競技を第一線で続けていければ、スクールの子供たちが現役のプロライダーに学べるわけです。僕が辞めてしまって元選手から学ぶのと現役選手から学ぶのとでは、子供たちからしても感覚がまったく違いますよね。
それに選手を辞めてからスクールに専念するのではなく、現役中から次の目標を同時進行していかなければ、引退してもすぐにいいスタートが切れません。それこそスクールが軌道に乗ったところで選手活動から離れるくらいのイメージを持っていないとダメだと思っています。
ただ、それ以前に、現役選手だからこそできることや繋がりもたくさんあると思っていますし、本音を言うと「やっぱりレースが好き」だから選手を続けていますよね。今は41歳になりましたけれども、自分がやりたいから選手活動も頑張って続けていて、結果的にすべての面で良い相乗効果が生まれていると感じています。
自転車に乗りながら、普及活動を通じて業界に還元や貢献できるなんて、最高ですよ。どうすればMTBの販売台数を増やせるか、乗る人を増やせるかなどを常日頃から考えています。自分のできることから、とにかくやってみようという考えでスタートしてきました。
すべてを計画立ててここまでやってきたわけではないのですが、いつも何かやろうと思ったら、必要な人に相談して必ず声をかけるようにしています。一人ではできることは限られていますからね。これからも、多くの人を巻き込んで協力していただきながら、MTBを発展させていきたいですね。
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